第十五話

「あっ」

頭上でハッとした言葉が聞こえたと思ったら、直江は腕を解くと俺を膝から下ろし、何故か寝室へと引っ込んでしまった。

「ぇ…」

突然の解放に頭は?で一杯だが、前屈姿勢のままじゃ辛いので座りなおす。出ていった扉から少し目線をずらすとちょうど8時5分を指す時計の針が目に入った。
…そういえば時間大丈夫か。



「じゃーん。これですこれ」

帰ってきた直江は両手で大きな箱を抱えていた。人の頭一個分入る位の大きさのダンボール箱。それをグイと押し付けられる。

「じゃーんておま……重!」
「誕生日プレゼント」
「プレゼント…?え、俺に?」

驚いて顔をまじまじと見る。直江は俺の持った箱をテーブルに置くと、ポリポリと首の裏をかいた。

「ええ。あなたに」

髪は寝癖で跳ね放題だし服は上下スウェットなのに、こんなんでも恰好いいと思ってしまうのはなんでなんだろう。恥ずかしいけど、感動して目頭がほんのちょっと熱くなった。

「…ありがとう」
「はい」
「てかこれ何?」
「圧力鍋です」

圧力鍋。

「…」
「高耶さん?」
「あんたが何考えてんのか俺、ぜんぜんわかんねえ…」

何で鍋チョイスなんだよ。俺の感動返せよ。

「あ、あれ?前テレビ観て欲しいって言ってたじゃないですか」
「え、言ったっけ……」

言ったような…言ってないような。

「つかこれ得すんのあんたじゃね」
「バレましたか」
「バレるっつの」
「いいじゃないですか。これで美味しいもの一杯作ってください」

なんだその「俺のためにお前に美味いメシを作らせてやる」的な感じ。天然なのかわざとなのか分かんねえよ。

「お、もうこんな時間か」

やっと時間を思い出した直江が慌ただしくテーブルにつく。俺はその隣で頑固にひっつくテープをペリペリと剥がした。

いまいち腑に落ちないプレゼントだけど、人から誕生日に物を貰うのは嬉しい。この鍋の値段に見合う料理が作れるかどうか自信はないが、一生懸命作ろう。フレンチトーストを大口に突っこむ直江の横で、これから世話になるであろう新入りの頭をぽんぽん叩いた。





「昼には帰ってくるんで家にいてくださいね。ご飯食べに行きましょう」

玄関で靴を履いた直江が腕時計を確認し振り返った。鞄を渡すとそのまま顔を寄せてきたので華麗にかわす。
ショボくれた犬みたいな顔された。

「ご飯?」
「ああ、そうです。あと実は綾子も来たいって言ってるんですけどいいですか?誕生日だって言ったら自分も祝いたいとか言い出して」

綾子って覚えてますか?と聞かれるが、あの派手な容姿はもちろん、本当に直江と血が繋がってんのか疑うほどのハイテンションと自由奔放ぶりはたった何分かしか会っていない俺でも忘れようがない。

「俺は全然いいけど。そっかーあの人来んのか。なんかこえーけど楽しみ」
「まぁ…うるさいと思いますけど悪い奴じゃないんで。なんかふざけたこと言っても大目に見てやってください」

苦笑してるところを見ると、昔から自由過ぎる従兄妹には振り回されてきたんだろう。でも細められる優しい眼差を見て、家族っていいなぁと純粋に思った。

「何笑ってんですか」
「いや別に」

笑ってたかと俯くと、さりげなく後頭部にキスされた。





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